ママタルトのツッコミとネタ作りを担当し、独特の言い回しや大きなリアクションで注目されている檜原洋平さん。相方・大鶴肥満さんの強烈な存在感を受け止めるツッコミ役ですが、実は国立大学を卒業した高学歴芸人でもあります。
檜原洋平さんの大学は、兵庫県にある神戸大学です。学部は当時の発達科学部で、本人は人間表現学科へ一浪して入学したことを明かしています。大学時代には授業だけでなく、学生漫才コンビ「サンストレンジ」として本格的にお笑いの舞台へ立っていました。
この記事では、ママタルト檜原洋平さんの大学・学部・学科、一浪時代の受験方法や大学で苦労した理由を詳しく解説します。清風南海高校時代から学生芸人として頭角を現し、ママタルト結成やM-1グランプリ決勝進出へ至るまでの経歴も一つずつ見ていきましょう。
ママタルト檜原の大学は神戸大学発達科学部
ママタルト檜原洋平さんの最終学歴は、国立の神戸大学です。所属事務所のサンミュージック公式プロフィールにも「最終学歴・神戸大学」と明記されています。
檜原洋平さんは一浪を経て、2011年4月に19歳で神戸大学へ入学しました。大学名だけを見ると順調な受験生活だったように感じますが、本人が明かした浪人生活や入学後の苦労には、意外な出来事が数多くあります。
学部は発達科学部人間表現学科
檜原洋平さんが在籍していたのは、神戸大学発達科学部人間表現学科です。
学生芸人時代のプロフィールには「神戸大学発達科学部」と掲載されており、2026年2月に出演した『踊る!さんま御殿!!』では、本人が「人間表現学科」へ入学した経緯を語っています。
神戸大学の公式サイトによると、人間表現学科は、音楽、造形、パフォーミングアーツなどの表現や創造活動について学ぶ学科でした。単に絵や音楽の技術だけを学ぶのではなく、人間が行うさまざまな表現を幅広く研究する学科です。神戸大学発達科学部・人間表現学科
漫才も人間による表現の一つです。檜原洋平さんが現在、ネタ作りや独特の長尺ツッコミで評価されていることを踏まえると、人間表現学科で過ごした経験と芸人としての活動には興味深いつながりを感じます。
発達科学部は現在の神戸大学にはない
神戸大学の学部一覧を調べて、「発達科学部が見つからない」と疑問に思った人もいるかもしれません。
檜原洋平さんが在籍していた発達科学部は、2017年4月に国際文化学部と再編統合され、現在は国際人間科学部となっています。そのため、檜原洋平さんの大学を現在の学部名で「国際人間科学部」と紹介するのは正確ではありません。
檜原洋平さんが入学した2011年当時は、発達科学部人間表現学科が正式な名称でした。神戸大学も、2017年に発達科学部と国際文化学部を再編統合して国際人間科学部を設置したと説明しています。神戸大学国際人間科学部「沿革」
現在の国際人間科学部には、表現や人間の発達を学ぶ発達コミュニティ学科があります。ただし、制度や授業内容が変更されているため、人間表現学科と現在の学科を完全に同じものとして扱うことはできません。
神戸大学へは一浪して入学
檜原洋平さんは、高校卒業後に一年間の浪人生活を送り、2011年4月に神戸大学へ入学しました。
本人のnoteによると、浪人中は予備校へ通っていたものの、パチンコをすることもあり、2011年の大学入試センター試験では前年より30点ほど成績が下がってしまったそうです。浪人すれば自動的に成績が上がるわけではないという、かなり率直なエピソードです。
2026年2月3日放送の『踊る!さんま御殿!!』では、通っていた予備校の年間費用が約17万円だったことも明かしました。一般的な大手予備校と比べて安く、番組出演者からも驚きの声が上がっています。
浪人生活だけを切り取ると、朝から晩まで勉強を続けた受験生という印象とは少し違います。それでも最後に自分が合格できる方法を見つけ、国立大学への進学を実現しているところに、檜原洋平さんらしい要領の良さが表れています。
国語を使わない受験方法を研究して合格
檜原洋平さんが神戸大学へ合格できた大きな理由は、自分に合った受験方式を細かく調べたことでした。
大学入試では、同じ大学や学部でも、試験日程や選抜方法によって科目と配点が異なる場合があります。檜原洋平さんは、英語・数学・国語のうち、どの科目がどれくらい評価されるのかを調べ、自分の得意不得意に合う方式を探しました。
檜原洋平さんは国語が苦手だったため、当時の人間表現学科にあった、センター試験と英語・数学で受験できる方式を選んだと説明しています。苦手科目を無理に克服するだけでなく、得意な科目を生かせる受験方法を探したことが合格につながりました。デイリースポーツ
神戸大学に合格したという結果だけでなく、制度を読み込み、自分に有利な選択肢を見つけた過程も印象的です。現在の漫才でも、檜原洋平さんは相方の特徴を生かしながらネタ全体を組み立てています。受験時代から、自分や相手の強みを見つけることが得意だったのかもしれません。
入学後は芸術系の授業についていくのに苦労
自分に合う受験方式を見つけた檜原洋平さんですが、神戸大学へ入学してからは授業についていくのに苦労しました。
人間表現学科には、絵画、ピアノ、ダンスなどの実技を生かして合格した学生も在籍していました。一方の檜原洋平さんは、英語と数学を中心とした学力試験で入学しています。
本人は番組内で、絵やピアノ、ダンスで入った学生がいる学科へ試験だけで入ったため、入学後は「全部についていけなかった」と振り返りました。
神戸大学へ入れたから大学生活も余裕だったわけではありません。受験方法を研究する力と、芸術的な実技へ対応する力は別物だったということです。この失敗まで笑いに変えて話せるところも、檜原洋平さんの魅力ではないでしょうか。
神戸大学の偏差値だけで学力は判断できない
神戸大学は難関国立大学として知られていますが、檜原洋平さんが受験した2011年度と現在では、学部構成や選抜方法が変わっています。
発達科学部人間表現学科は現在募集されていないため、現在の国際人間科学部の偏差値を、そのまま檜原洋平さんの受験時の偏差値として紹介することはできません。また、大学の偏差値は、入試方式や模試を実施する会社によっても数値が異なります。
ただし、一浪したとはいえ、国立大学の入試科目や配点を分析し、神戸大学へ合格したことは確かです。檜原洋平さんは単に知識量が多いだけでなく、情報を比べて最適な方法を選ぶ力を持っていたことが分かります。
ママタルト檜原は大学時代から学生芸人として活動
檜原洋平さんは、大学へ通いながら学生漫才コンビ「サンストレンジ」として活動していました。
神戸大学のお笑いサークルに所属していたと思われることもありますが、本人は大学のお笑いサークルには入っていなかったと明かしています。当時の神戸大学には、現在のような学生お笑いの活動環境が整っていなかったためです。
それでも檜原洋平さんは大学の外へ活動の場を広げ、関西だけでなく東京で開催される学生お笑いライブにも出演していました。
大学のお笑いサークルには所属していない
檜原洋平さんは、2021年に自身のXで「お笑いサークルには入ってないですが、僕も大学生お笑いの大会で優勝したことがあります」と説明しています。
現在の神戸大学には「お笑い・ラジオ研究会」がありますが、同研究会は檜原洋平さんが卒業したあとの2022年ごろに設立された団体です。檜原洋平さんが大学時代に所属していたサークルではありません。
大学お笑いというと、早稲田大学お笑い工房LUDOや明治大学木曜会Zなど、有名サークルの中で仲間を見つける姿が思い浮かびます。檜原洋平さんの場合は、学内サークルという土台がない状態から、自分でライブや大会へ出て人脈を広げました。
環境が整っていなくても、自分から大学の外へ出て活動した行動力が、その後の芸人人生を大きく動かしています。
サンストレンジを結成して2011年に活動開始
檜原洋平さんは大学入学後、宰務翔太さんと「サンストレンジ」を結成しました。
学生芸人時代のプロフィールでは、檜原洋平さんがボケ、宰務翔太さんがツッコミを担当しています。現在のママタルトでは檜原洋平さんがツッコミ担当なので、当時は現在とは反対の役割でした。
サンストレンジは吉本興業の劇場オーディションへ応募し、一度の挑戦で合格。学生でありながら、2011年にはプロとして舞台に立つようになりました。
さらに、学生芸人の大会でも優勝するなど、檜原洋平さんは大学お笑いの世界で早くから注目を集めます。テレビ朝日の番組では、大学時代の檜原洋平さんを「学生お笑いのスーパーエリート」と紹介しています。テレ朝POST
関西から東京の学生お笑いライブにも出演
檜原洋平さんは神戸大学へ通いながら、東京で開催されていた学生お笑いライブにも頻繁に出演していました。
大学時代には、ストレッチーズ、さすらいラビー、ひつじねいりの細田祥平さん、サツマカワRPGさんなど、後にプロとして活躍する学生芸人たちと交流しています。
大学4年生だった2013年には、同世代の実力者が集まった学生お笑いの大会で決勝へ進出。学生時代に築いた関係は、卒業後のライブ出演やコンビ結成にもつながりました。QJWeb
神戸に通いながら東京の舞台へ出るには、移動時間も費用もかかります。大学のお笑いサークルに所属していなかった檜原洋平さんが広い人脈を築けたのは、待っているのではなく、自分からお笑いの輪へ入っていったからでしょう。
大学卒業後に上京してサンストレンジを解散
檜原洋平さんは神戸大学卒業後、お笑い芸人として活動を続けるために上京しました。
サンストレンジはタイズブリックという事務所へ所属していましたが、2015年12月のライブを最後に解散しています。
檜原洋平さんは大学時代から学生芸人として高く評価されていただけに、卒業後も同じコンビで順調に進むと思われていたかもしれません。しかし、上京から間もない時期に相方を失い、次の相手を探すことになりました。
大学時代に大会で優勝した実績があっても、プロの世界で成功が約束されるわけではありません。檜原洋平さんの経歴を見ると、神戸大学卒業や学生芸人としての評価だけでは説明できない試行錯誤があったことが分かります。
ママタルト檜原の高校・中学時代の学歴
檜原洋平さんは大阪府和泉市出身で、地元の中学校を経て、清風南海高等学校へ進学しました。
中学生のころにはすでに大喜利やラジオ投稿へ熱中し、高校時代には同級生と漫才コンビを結成しています。大学に入って突然お笑いを始めたのではなく、10代のころから現在につながる活動を続けていました。
出身高校は清風南海高等学校
檜原洋平さんの出身高校は、大阪府高石市にある清風南海高等学校です。
清風南海は中高一貫教育を行う私立の進学校ですが、檜原洋平さんは高校から入学したと紹介されています。学校側の公式SNSでも卒業生として取り上げられているため、清風南海高校出身であることは確認できます。
ネット上では現在の偏差値をもとに「偏差値73」「偏差値74」などと紹介されています。ただし、檜原洋平さんが入学した年度の偏差値とは限らないため、本人の学力を現在の数値だけで決めることはできません。
それでも、清風南海高校から一浪を経て神戸大学へ進んだ学歴を見ると、基礎的な学力が高かったことはうかがえます。
高校時代にグランドメニューを結成
高校3年生になると、檜原洋平さんは同級生の梶本長之さんと漫才コンビ「グランドメニュー」を結成しました。
グランドメニューは、2009年の「ハイスクールマンザイ」南大阪予選で優勝しています。檜原洋平さんは高校生のころから大喜利の実力でも知られ、関西の学生お笑い界では注目される存在でした。
同じ大会には、檜原洋平さんより一学年下だった霜降り明星の粗品さんも参加しています。2人は高校時代から交流を続け、プロになったあともM-1グランプリのネタについて相談する関係になりました。
檜原洋平さんは、粗品さんの助言について、一般的な漫才の作り方ではなく、M-1の観客や審査員の傾向まで分析した具体的なものだと語っています。高校時代に出会った相手と長く交流を続けていることも、檜原洋平さんの芸人としての歩みを知るうえで欠かせない部分です。WLUCK PARK
中学時代からハガキ職人だった
檜原洋平さんは中学生のころから、ラジオ番組や大喜利番組へネタを送るハガキ職人として活動していました。
テレビ朝日は、檜原洋平さんが中学生のときからハガキ職人で、高校時代には関西で知られる大喜利高校生になっていたと紹介しています。
ネット上では出身中学校として「和泉市立槇尾中学校」という名前が広がっています。ただし、所属事務所の公式プロフィールには中学校名が掲載されておらず、本人が学校名を明言した一次資料も限られています。
大阪府和泉市で育ったことは確認できますが、中学校名については公開情報の根拠を分けて扱う必要があります。小学校名についても公式な発表は確認できません。
ママタルト檜原のプロフィールと現在までの経歴
檜原洋平さんは、ママタルトのツッコミとネタ作りを担当するお笑い芸人です。
大学時代はボケとして活動していましたが、ママタルト結成後は、大鶴肥満さんの言動を長いフレーズで受け止めるツッコミが持ち味になりました。神戸大学出身という学歴だけでなく、高校・大学時代から積み重ねてきた大喜利や漫才の経験が、現在の芸風につながっています。
檜原洋平の基本プロフィール
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 檜原洋平 | ひわら・ようへい |
| 生年月日 | 1991年7月27日 | 公式プロフィール |
| 年齢 | 35歳 | 2026年8月現在 |
| 出身地 | 大阪府 | 和泉市出身と紹介 |
| 身長 | 174cm | 所属事務所公式 |
| 体重 | 82kg | 所属事務所公式 |
| 血液型 | 非公表 | 公式記載なし |
| 職業 | お笑い芸人 | ツッコミ・ネタ作り |
| コンビ | ママタルト | 2016年結成 |
| 相方 | 大鶴肥満 | ボケ担当 |
| 所属 | サンミュージックプロダクション | 漫才協会にも所属 |
| 出身高校 | 清風南海高等学校 | 学校側の発信で確認 |
| 出身大学 | 神戸大学 | 発達科学部人間表現学科 |
| 趣味 | カレー作り | 所属事務所公式 |
| 特技 | ぷよぷよ | 所属事務所公式 |
| SNS | X・Instagram・note | 本人公式アカウント |
プロフィールの生年月日、身長、体重、最終学歴は、サンミュージック公式プロフィールに掲載されています。
大鶴肥満とママタルトを結成
サンストレンジ解散後、檜原洋平さんは新しい相方を探していました。
そのころ、ZAZYさんから「次は特徴のある人と組んだほうがいい」と助言されます。その翌日、大喜利ライブで出会ったのが大鶴肥満さんでした。
檜原洋平さんは、大鶴肥満さんの体格と多彩な特技に可能性を感じ、「僕と組めば、あなたは王になることができる」と熱心に誘ったといいます。大鶴肥満さんは当時、太田プロの養成所へ通っていましたが、檜原洋平さんからの誘いを受け、2016年4月にママタルトを結成しました。
養成所の同期同士で組んだコンビではありません。大学お笑いを通じて知り合った2人が、それぞれ別の活動を経て結成したコンビです。
ママタルトはM-1グランプリで2年連続決勝進出
ママタルトは、2022年と2023年にM-1グランプリ準決勝へ進出。2024年には、結成9年目で初めて決勝進出を果たしました。
2024年の決勝では10位に終わり、檜原洋平さんは緊張のあまり、漫才中の記憶がほとんどなかったと振り返っています。それでも2025年に再び決勝へ進み、2年連続のM-1ファイナリストとなりました。
2026年大会にもエントリーしており、M-1グランプリ公式サイトではエントリーナンバー5038、シード権による1回戦通過と掲載されています。M-1グランプリ公式サイト
大学お笑いで早くから評価された檜原洋平さんでも、ママタルト結成からM-1決勝までは約9年かかりました。学生時代の実績だけで一気に売れたのではなく、ライブや賞レースを重ねながら現在の漫才へたどり着いています。
2026年は初エッセイを出版
檜原洋平さんは2026年2月26日、初のエッセイ集『正直言わせてもらうでぃ、この本を読んで日々をご機嫌にするほかないやろう』を出版しました。
同書は、2024年からウォーカープラスで続けてきた「ママタルト檜原の楽しみ日記」に加筆し、書き下ろしを加えたものです。舞台で聞かせる独特の言い回しが文章でも楽しめる一冊となっています。ウォーカープラス
さらに2026年5月には、ツッコミ芸人が技術を競う『ツッコミ芸人No.1決定戦 ツッコミスター』で初代王者に輝きました。
神戸大学時代はボケ担当だった檜原洋平さんが、現在はツッコミの大会で優勝しているところも興味深い変化です。学生時代から大喜利、漫才、文章と幅広い表現を続けてきた経験が、現在の活動へつながっています。
ママタルト檜原の大学・学歴まとめ
- ママタルト檜原洋平さんの大学は国立の神戸大学
- 学部・学科は発達科学部人間表現学科
- 発達科学部は2017年に再編され、現在は国際人間科学部となっている
- 高校卒業後に一浪し、2011年4月に神戸大学へ入学
- 浪人中に通った予備校の年間費用は約17万円だった
- 国語を使わず英語と数学を生かせる受験方式を調べて合格
- 入学後は絵・ピアノ・ダンスなどの実技についていくのに苦労した
- 大学のお笑いサークルには所属していなかった
- 大学時代はサンストレンジを結成し、学生芸人の大会で優勝
- 出身高校は大阪府の清風南海高等学校
- 中学生のころからハガキ職人として大喜利へ取り組んでいた
- 大学卒業後に上京し、2016年に大鶴肥満さんとママタルトを結成
- 2024年と2025年にM-1グランプリ決勝へ2年連続で進出
- 2026年には初エッセイを出版し、『ツッコミスター』初代王者になった
檜原洋平さんの学歴で特に印象的なのは、神戸大学卒業という結果だけではありません。自分に合った受験方法を探した判断力、大学の外へ活動場所を求めた行動力、学生時代の評価にとどまらず漫才を続けてきた積み重ねが、現在のママタルトと檜原洋平さんのツッコミを作っています。














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