名古屋を拠点に活動してきた男性エンターテインメント集団「BOYS AND MEN」。通称「ボイメン」と呼ばれ、派手な学ラン姿、体を張ったバラエティー、歌やダンス、俳優活動などで知られています。
2026年現在のボイメンメンバーは、田村侑久さん、辻本達規さん、本田剛文さん、平松賢人さん、吉原雅斗さんの5人です。以前は10人以上で活動していた時期があるため、「現在は何人?」「誰が脱退した?」「平野紫耀さんもメンバーだった?」と気になっている人も多いのではないでしょうか。
さらに、2026年8月には「でらっくす・ボーイズ」への改名と、メンバー5人による新会社設立が発表されました。この記事では、現在のボイメンメンバーの名前・年齢・メンバーカラー・プロフィールをはじめ、出身校、卒業・脱退したメンバー、平野紫耀さんとの関係、結成から現在までの歩みを詳しく解説します。
ボイメンの現在のメンバーは5人!名前とプロフィール一覧
2026年8月現在、ボイメンことBOYS AND MENは5人で活動しています。
2024年3月31日に勇翔さんが卒業してから、田村侑久さん、辻本達規さん、本田剛文さん、平松賢人さん、吉原雅斗さんの5人体制となりました。2026年の独立・改名発表でも、メンバーの脱退や新加入はなく、この5人で活動を続けることが明らかになっています。
現在のボイメンメンバー一覧
| 名前 | 生年月日 | 年齢 | 出身地 | 身長 | 血液型 | メンバーカラー |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 田村侑久 | 1990年10月17日 | 35歳 | 愛知県 | 177cm | O型 | 青 |
| 辻本達規 | 1991年5月17日 | 35歳 | 岐阜県 | 178cm | A型 | 赤 |
| 本田剛文 | 1992年11月3日 | 33歳 | 愛知県 | 171cm | O型 | ピンク |
| 平松賢人 | 1994年11月14日 | 31歳 | 愛知県 | 175cm | O型 | 黄 |
| 吉原雅斗 | 1994年7月22日 | 32歳 | 愛知県 | 184cm | A型 | 緑 |
年齢は2026年8月9日時点です。生年月日・出身地・身長・血液型は、BOYS AND MEN公式プロフィールで公表されています。
5人のうち4人が愛知県出身で、辻本達規さんだけが岐阜県出身です。全員が東海地方と深いつながりを持っているところに、ボイメンらしさが表れています。
田村侑久は青!チラシ配りを特技にする盛り上げ役
田村侑久さんは、愛知県出身のメンバーです。公式プロフィールでは、チラシ配りと鼻で風船を膨らませることを特技に挙げています。
ボイメンがまだ十分に知られていなかった時期から、街頭で積極的にチラシを配り続けてきました。そのため、「チラシ配り」は単なるプロフィール上の特技ではなく、田村侑久さんの下積み時代を象徴する言葉にもなっています。
高校卒業後は企業に就職していましたが、芸能界への夢を諦めきれず、会社を辞めてボイメンのオーディションを受けました。本人はインタビューで、高校時代に芸能界へ憧れていたものの、先生や両親の意向もあり、大手企業への就職を選んだと語っています。
一度は安定した会社員生活へ進みながら、改めて夢へ挑戦した行動力が田村侑久さんの大きな特徴です。明るく勢いのある姿の裏に、長い下積みと地道な宣伝活動があったことが分かります。
辻本達規は赤!野球と筋肉で知られる体当たりメンバー
辻本達規さんは、岐阜県出身のメンバーです。野球、太鼓、空中ブランコ、体を張ることを特技としており、スポーツ企画やバラエティーでは身体能力の高さを発揮してきました。
幼い頃から野球に親しみ、高校時代まで野球部でプレーしていたと紹介されています。現在も野球やキャンプ、登山、トライアスロン、サーフィンなど多くの趣味を持っています。
公式プロフィールには、岐阜県羽島市アンバサダーと、アサヒビール中日ドラゴンズ応援アンバサダーを務めていることも記載されています。地元岐阜と中日ドラゴンズの両方に関わる活動は、東海地方を大切にしてきたボイメンらしい仕事ですよね。
俳優としては、2013年のドラマ『黄金鯱伝説グランスピアー』で主演を務めました。熱血で豪快な印象が強い一方、地域に根差した仕事を長く続けているメンバーでもあります。
本田剛文はピンク!トークと日本文化に強い知性派
本田剛文さんは、愛知県出身のメンバーです。おしゃべり、日本舞踊、弓道を得意としており、グループ内では進行役やコメントを任されることが多いメンバーです。
高校時代は弓道部に所属し、ボイメン加入後は大学へ通いながら活動していました。本人のインタビューによると、当時はハンバーガーショップのアルバイトも経験しています。大学生活、アルバイト、芸能活動を同時に続けていたことになります。
現在は日本伝統文化検定2級、世界遺産検定2級を取得し、日本舞踊や伝統文化に関する仕事にも取り組んでいます。東海テレビ『スイッチ!』のリポーターや、FM AICHI『本田剛文の夜のカルチャー・デスク』などでも活動しています。
派手な学ラン姿で知られるボイメンの中にいながら、文化や歴史を言葉で伝えられる点が本田剛文さんの強みです。テレビでの進行力だけでなく、興味を持った分野を実際に学び続ける姿勢にも人柄が表れています。
平松賢人は黄!歌唱力を生かしてソロ歌手としても活動
平松賢人さんは、愛知県出身のメンバーです。歌、ダンス、水泳、カメラを特技としており、ボイメンの音楽面を支えてきました。
グループ活動だけでなく、ソロ歌手としても実績を重ねています。2024年にはソロシングル『ア・ヤ・シ・イ・ネ』を発売し、2025年には『メラメラ』でソロメジャーデビュー。2026年10月には新曲『ピジョッソ』の発売も予定されています。公式ディスコグラフィーでも、グループ作品と並んで平松賢人さんのソロ作品が紹介されています。
写真撮影も得意としており、歌手だけでは語り切れない多彩な表現力を持つメンバーです。長年グループで培った歌唱力を、ソロ活動へつなげているところが注目されています。
吉原雅斗は緑!184cmの高身長で韓国文化にも詳しい
吉原雅斗さんは、愛知県出身のメンバーです。身長184cmで、現在の5人の中では最も高身長です。
書道、ダンス、鼻笛演奏を特技とし、K-POPや韓国文化への関心が深いことでも知られています。韓国語を学び、韓国に関する番組や企画にも参加してきました。
俳優として映画やドラマに出演する一方、2024年にはソロシングル『Last Forever』を発売。音楽活動でも個性を発揮しています。
平松賢人さんとは高校の同級生だったことが、CBCラジオ『BOYS AND MEN 栄第七学園男組』で語られています。学生時代から同じ学校に通っていた2人が、その後同じグループで長く活動しているのは興味深い関係です。
ボイメンのメンバーカラーと派生ユニット
ボイメンには、それぞれを象徴するメンバーカラーがあります。衣装、ペンライト、公式SNSの絵文字などでも使われており、初めてボイメンを見る人にとってメンバーを覚える手がかりになります。
現在のメンバーカラー一覧
| メンバー | カラー | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 田村侑久 | 青 | 明るさ、宣伝力、体当たり企画 |
| 辻本達規 | 赤 | 野球、筋肉、スポーツ、熱血 |
| 本田剛文 | ピンク | トーク、進行、日本文化、弓道 |
| 平松賢人 | 黄 | 歌、ダンス、カメラ |
| 吉原雅斗 | 緑 | 高身長、ダンス、韓国文化、俳優活動 |
公式Instagramでも、田村侑久さんに水色系、辻本達規さんに赤、本田剛文さんにピンク、平松賢人さんに黄色、吉原雅斗さんに緑のハートが付けられています。
YanKee5と誠に分かれて活動していた
ボイメンには、「YanKee5」と「誠」という派生ユニットがあります。
現在のメンバーでは、田村侑久さんと辻本達規さんがYanKee5、本田剛文さん、平松賢人さん、吉原雅斗さんが誠のメンバーです。ただし、もともとは卒業・脱退したメンバーも含む編成だったため、現在は結成当初より人数が少なくなっています。
YanKee5はヤンキー色の強い熱血な雰囲気、誠は爽やかで親しみやすい雰囲気を持つユニットとして活動してきました。ボイメン全体だけでなく、メンバーのタイプに合わせた見せ方が用意されていたことも人気が広がった理由の一つです。
ボイメンを卒業・脱退したメンバーは誰?
ボイメンは2010年の始動当初、数十人規模の男性が参加する舞台中心の集団でした。その後、活動方針の変化や本人の進路、体調など、さまざまな理由によって多くのメンバーが離れています。
初期参加者をすべて含めると人数が非常に多いため、ここではグループの知名度が上がってから卒業・脱退した主なメンバーを紹介します。
近年卒業・脱退した主なメンバー一覧
| 名前 | 卒業・脱退時期 | 発表された内容 |
|---|---|---|
| 田中俊介 | 2019年11月30日 | グループ脱退・事務所退所 |
| 土田拓海 | 2021年8月13日 | 活動休止後、本人の申し出により脱退・退所 |
| 小林豊 | 2022年4月8日 | 重大な契約違反により契約解除 |
| 水野勝 | 2022年5月31日 | グループ卒業・事務所退所 |
| 勇翔 | 2024年3月31日 | 俳優の道へ進むため卒業・退所 |
田中俊介は2019年に脱退
田中俊介さんは、俳優として映画やドラマでも活躍していたメンバーです。
2019年3月に体調不良のためグループ活動を一部休止。同年11月30日、BOYS AND MENからの脱退とフォーチュンエンターテイメント退所が公式サイトで発表されました。
現在は俳優として活動しており、映画を中心に出演を続けています。
土田拓海は活動休止を経て2021年に脱退
土田拓海さんは、2020年8月から活動を休止していました。
2021年8月13日、本人から脱退の申し出があり、グループ脱退と事務所退所が決定したと公式発表で説明されています。
休止から約1年後の発表だったため、復帰を待っていたファンにとって大きな出来事となりました。
小林豊は2022年に契約解除
小林豊さんは、元パティシエという経歴と、『仮面ライダー鎧武/ガイム』への出演で広く知られたメンバーです。
2022年4月8日、所属事務所は重大な契約違反が判明したとして、小林豊さんとのマネジメント契約を解除しました。事務所の公式発表では、万引き事案が明らかになったことが契約解除の理由として説明されています。
もともと小林豊さんから別の理由で退所希望が出ており、グループ卒業を発表する予定だったものの、事案の発覚によって契約解除へ変更された経緯も公表されました。
水野勝は2022年5月に卒業
水野勝さんは、長くボイメンのリーダーを務めていたメンバーです。紫色のメンバーカラーと、グループを引っ張る力強い姿で知られていました。
2022年5月31日に卒業ライブが行われ、BOYS AND MENと所属事務所を離れています。事務所は、水野勝さんから以前より退所の希望があり、協議したうえで卒業が決まったと説明しました。
長年グループの中心にいた水野勝さんの卒業後、ボイメンは残った6人で再出発しました。
勇翔は2024年に卒業して俳優の道へ
勇翔さんは、クールな雰囲気と俳優活動で知られたメンバーです。
2024年3月31日をもってグループを卒業し、フォーチュンエンターテイメントを退所しました。本人は、15歳の頃から抱いていた俳優になる夢と改めて向き合い、今後は一人の役者として活動するとコメントしています。公式発表では、勇翔さんの卒業後は5人で活動すると明記されました。
勇翔さんの卒業によって、現在の5人体制になったということです。
平野紫耀はボイメンのメンバーだった?
Number_iの平野紫耀さんは、ボイメンの結成初期に活動へ参加していた人物の一人です。ただし、現在の5人や、10人組として全国的に知られた時期の正式メンバーと同じ感覚で捉えると、少し分かりにくくなります。
平野紫耀は結成初期の舞台やイベントに参加
平野紫耀さんは2010年、BOYS AND MENの前身となる企画に参加し、初期メンバーとして舞台公演やイベントに出演していました。
当時のボイメンは、現在のような固定された少人数グループではなく、多数の男性が舞台やレッスンに参加する集団でした。平野紫耀さんは、その大人数時代に在籍していたことになります。
その後、2011年頃までに活動を離れたとされています。ただし、当時のボイメンは初期参加者の卒業や脱退を一人ずつ公式発表していなかったため、退所日や詳しい理由は明らかになっていません。
2025年に辻本達規と約10年ぶりに再会
2025年には、平野紫耀さんと辻本達規さんが番組の企画で再会しました。
辻本達規さんは、平野紫耀さんとは中学1年生頃からの仲だと話し、久しぶりの再会を喜んでいます。平野紫耀さんも辻本達規さんを覚えており、ハイタッチを交わしました。
そのため、「平野紫耀さんがボイメンだった」という話は完全な同姓同名の噂ではありません。ただし、ボイメンが全国的にブレイクした時期より前の初期活動であり、現在のメンバーではないことは分けて考える必要があります。
ボイメンメンバーの出身校や学生時代
ボイメンメンバーの出身校については、本人や公式プロフィールで学校名まで公表されていないケースが多くあります。
ネット上では高校・大学名が複数挙がっていますが、卒業アルバムや匿名投稿をもとにした情報も混ざっています。確認できる学生時代のエピソードを中心に紹介します。
田村侑久は高校卒業後に大手企業へ就職
田村侑久さんは高校3年生の進路相談で、学校から企業への就職を勧められました。本人によると成績が良く、大手鉄鋼メーカーへの推薦が決まっていたそうです。
高校卒業後は会社員として働きましたが、仕事を続けながら芸能界への思いが強くなり、退職してボイメンに加入しました。具体的な高校名については、公式プロフィールでは公表されていません。
辻本達規は高校まで野球部で大学にも進学
辻本達規さんは、幼少期から野球を続け、高校でも野球部に所属していました。その後は大学へ進学し、大学在学中にボイメンの結成メンバー募集へ応募したと紹介されています。
ネット上では高校や大学の具体的な学校名も挙がっていますが、現在の公式プロフィールには学歴の記載がありません。学校名を扱う場合は、本人が公に語っている内容とネット情報を分ける必要があります。
本田剛文は大学とボイメン活動を両立
本田剛文さんは高校卒業後、大学へ通いながらボイメンに加入しました。
高校では弓道部に所属し、現在は弓道参段を取得しています。大学時代は芸能活動と並行して、ハンバーガーショップで約半年間アルバイトをしていたと本人のインタビューで語っています。
勉強好きというイメージは単なるテレビ上の設定ではなく、検定取得や現在の文化活動にもつながっていることが分かります。
平松賢人と吉原雅斗は同じ高校の同級生
平松賢人さんと吉原雅斗さんは同じ高校に通っていました。
ラジオでは、吉原雅斗さんが平松賢人さんの高校時代について語ったことがあります。ただし、具体的な高校名は本人や公式プロフィールで公表されていません。
吉原雅斗さんは高校卒業後、映像を学べる学科のある大学へ進学したことを明かしていますが、大学名は非公表です。出身校を特定する情報よりも、学生時代から映像や表現に関心を持っていた点が、現在の俳優・音楽活動につながる部分として注目されます。
ボイメンの結成から2026年現在までの経歴
ボイメンは、最初から全国的に知られた男性グループだったわけではありません。名古屋で舞台公演を行い、メンバー自身がチラシを配りながら少しずつ観客を増やしてきました。
その歩みを見ると、メンバーが減ったことだけでなく、東海地方を離れずに活動を続けてきた点も大きな特徴です。
2010年に名古屋で結成
BOYS AND MENは2010年、東海地方で活動する男性タレントを育てる企画から誕生しました。
当初は数十人が参加し、歌手グループというより舞台演劇を中心にした集団でした。観客が少ない時期には、メンバーが名古屋の街でチラシを配り、イベントへの来場を呼びかけています。
学ランを使った衣装、名古屋弁、泥臭い体当たり企画など、東京の男性アイドルとは違う方向性を打ち出したことが、ボイメン独自の魅力になりました。
2015年にメジャーデビュー
2015年5月、『ARC of Smile!』でメジャーデビューしました。同曲はテレビアニメ『遊☆戯☆王ARC-V』のエンディングテーマに起用されています。
2016年には『BOYMEN NINJA』がオリコン週間シングルランキング1位を獲得。同年、第58回日本レコード大賞新人賞を受賞しました。公式サイトでも受賞が発表されています。
名古屋の街頭でチラシを配っていたグループが、全国放送の音楽番組や大きな賞へ到達したことになります。
2017年に日本武道館、2019年にナゴヤドーム公演
2017年には日本武道館で単独ライブを開催しました。
さらに2019年1月14日、長年の目標だったナゴヤドーム単独公演『ボイメン名古屋 夢まつり』を開催。約2万2000人を動員し、全36曲を披露したとORICON NEWSが報じています。
地元名古屋から始まったグループにとって、ナゴヤドームは活動の大きな節目でした。単なる「地方発のアイドル」という枠を超え、東海地方を拠点に大規模公演を実現した実績がボイメンの名前を広げました。
2026年に事務所を離れ「でらっくす・ボーイズ」へ
2026年8月8日、メンバー5人は同年3月31日付でフォーチュンエンターテイメントとの専属契約を終了していたことを発表しました。
5人は株式会社Nagoya Okoshiを設立し、グループ活動と個人活動の窓口を新会社へ移しています。あわせて、新たな活動名を「でらっくす・ボーイズ」とすることも発表されました。
ただし、2026年8月の時点ですべての表記が一斉に変わったわけではありません。でらっくす・ボーイズ公式発表によると、2027年3月31日までは「でらっくす移行期間」として、次のように名称を使い分けます。
新しく受ける出演、イベント、発信は「でらっくす・ボーイズ」の名前を使用。一方、すでに進んでいる仕事、収録・制作済みの作品、旧事務所を通じて依頼された仕事は、原則として「BOYS AND MEN」の名前で活動します。
2027年4月1日からは「でらっくす・ボーイズ」に名称を一本化する予定です。つまり、2026年現在は「BOYS AND MEN」と「でらっくす・ボーイズ」のどちらも正式名称として使われる移行期にあたります。
ボイメンメンバーに関するまとめ
- 2026年現在のボイメンメンバーは5人
- 現メンバーは田村侑久、辻本達規、本田剛文、平松賢人、吉原雅斗
- 田村侑久のメンバーカラーは青で、元会社員という経歴を持つ
- 辻本達規のカラーは赤で、野球や筋肉、体当たり企画で知られる
- 本田剛文のカラーはピンクで、トーク、日本舞踊、弓道、伝統文化に強い
- 平松賢人のカラーは黄で、ソロ歌手としても活動している
- 吉原雅斗のカラーは緑で、184cmの高身長と韓国文化への詳しさが特徴
- 近年は田中俊介、土田拓海、小林豊、水野勝、勇翔が脱退・卒業している
- 平野紫耀は2010年頃、ボイメン結成初期の舞台やイベントに参加していた
- 2016年に日本レコード大賞新人賞を受賞した
- 2019年にはナゴヤドーム単独公演で約2万2000人を動員した
- 2026年に5人で株式会社Nagoya Okoshiを設立した
- 2027年4月1日から「でらっくす・ボーイズ」に名称を一本化する予定
人数の変化や改名はありますが、現在の5人が名古屋を拠点に活動を続ける方針は変わっていません。ボイメンとして積み重ねてきた15年以上の歩みを引き継ぎながら、メンバー自身が運営にも関わる「でらっくす・ボーイズ」がどのような活動を見せるのか注目されます。















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