吉田大吾がPOISON GIRL BANDを解散した理由は?不仲説や阿部智則との関係・現在を解説

POISON GIRL BANDの吉田大吾さんが、2026年7月31日にコンビの解散を発表しました。M-1グランプリで3度の決勝進出を果たした実力派だけに、突然の報告に驚いた人も多いのではないでしょうか。

気になるのは、なぜこのタイミングで解散を決めたのかという点です。相方の阿部智則さんとの不仲やトラブルがあったのか、活動休止のままではなく正式に解散する必要があったのかも注目されています。

この記事では、吉田大吾さんが生配信で明かした解散理由を中心に、決断までの経緯、阿部智則さんとの関係、POISON GIRL BANDの経歴を詳しく解説します。吉田大吾さんのプロフィールや結婚、野球に関する話題、解散後の活動についても一つずつ見ていきます。

吉田大吾がPOISON GIRL BANDの解散を発表

吉田大吾さんは2026年7月31日、自身のYouTubeチャンネルで行った「ご報告生配信」の中で、POISON GIRL BANDを同日付で解散すると発表しました。

所属先に近いFANYマガジンでも、吉田大吾さんと阿部智則さんによるPOISON GIRL BANDの解散が正式に伝えられています。活動休止や期間限定の休養ではなく、コンビとしての活動を終える決断です。

解散理由は「阿部智則と漫才するイメージが浮かばなくなった」

吉田大吾さんが説明した大きな理由は、阿部智則さんがコンビ活動へ戻った場合でも、2人で漫才をする姿を思い描けなくなったことでした。

吉田大吾さんは、仕事をしている最中にふと阿部智則さんの復帰を想像したところ、以前のように漫才をするイメージが湧かないことに気づいたと語っています。その瞬間、自宅で思わず声が出るほど、自分の中にあった変化をはっきりと感じたそうです。

これは、阿部智則さんを嫌いになったという説明ではありません。長く別々に活動する中で、吉田大吾さん自身の仕事や漫才の形が変化し、POISON GIRL BANDとして再開する未来を描けなくなったという意味合いが強いでしょう。

復活を期待していたファンには寂しい理由ですが、形だけコンビ名を残し続けるより、自分の現在の気持ちに正直に区切りをつけた決断だったことが伝わります。

コンビ名を外した自分を見てみたいという思いもあった

もう一つの理由として吉田大吾さんが挙げたのが、POISON GIRL BANDという肩書を外した自分を見てみたいという思いです。

吉田大吾さんは長年、「POISON GIRL BAND吉田」「ポイズン吉田」と呼ばれてきました。コンビとして舞台に立つ機会が減ってからも、名前の前にはPOISON GIRL BANDが付き続けています。

しかし、吉田大吾さんは個人で漫才ライブを主催し、放送作家や番組構成の仕事にも関わってきました。こうした活動を続ける中で、コンビ名を背負わない状態でどのような仕事ができるのか、試したい気持ちが強くなったのでしょう。

生配信では、POISON GIRL BANDの肩書がなくなった自分を見てみたいという趣旨を語り、マネージャーへ改めて解散の意思を伝えたことを明かしています。

2026年3月にはマネージャーへ解散の意向を伝えていた

解散は、2026年7月31日に突然思いついて決めたものではありません。

吉田大吾さんは2026年3月の時点で、担当マネージャーに「そろそろ終わりにしようと思う」という意向を伝えていました。その後、吉田大吾さん、担当マネージャー、チーフマネージャーの3人で話し合う予定になったものの、スケジュールが合わない状態が続いたといいます。

吉田大吾さん自身が急いでいないと伝えていたこともあり、正式な話し合いはすぐには行われませんでした。その間にも吉田大吾さんは仕事を続けていましたが、2026年6月から7月ごろに解散への思いがより明確になり、マネージャーへ再び連絡しています。

解散までの大まかな流れは、次の通りです。

2026年3月、吉田大吾さんがマネージャーへコンビを終わらせたいという意向を伝えました。その後、関係者の予定が合わず話し合いが先延ばしになります。

2026年6月から7月ごろ、阿部智則さんが復帰しても漫才をするイメージが浮かばないことに気づき、解散への気持ちが固まりました。そして阿部智則さんの意思確認を経て、7月31日に解散を発表しています。

時間をかけて悩み、感情的な勢いではなく、自分の現在地を確かめたうえで決断したことが分かります。

阿部智則は脱退という形も提案していた

阿部智則さんは意思確認を受けた際、現在はコンビ活動へのモチベーションがなく、自分が脱退する形でも構わないという考えを示したと伝えられています。

吉田大吾さんがPOISON GIRL BANDの名前を残し、一人で活動を続ける選択肢もあったということです。

しかし、吉田大吾さんが求めていたのは、メンバーだけを入れ替えることではありませんでした。POISON GIRL BANDという名前そのものから離れ、新しい状態で活動することを望んでいたため、阿部智則さんの脱退ではなくコンビの解散を選んでいます。

一人でPOISON GIRL BANDを名乗り続ければ、吉田大吾さんにとって本当の区切りにはならなかったのでしょう。阿部智則さんを追い出す形ではなく、2人のコンビを2人で終わらせた点にも、長く組んできた相方への意識が表れているように感じます。

吉田大吾と阿部智則の不仲が解散理由?

POISON GIRL BANDの解散を受けて、吉田大吾さんと阿部智則さんの不仲を想像した人もいるかもしれません。

しかし、2026年7月31日の発表では、けんか、金銭問題、方向性をめぐる対立などは解散理由として挙げられていません。現時点で、不仲が直接の原因だったと断定できる発言や公式情報は確認されていません。

長期間にわたってコンビ活動が止まっていた

2人の間に大きなトラブルが報じられたわけではありませんが、POISON GIRL BANDとしての活動が長期間止まっていたことは事実です。

2024年のインタビューでは、阿部智則さんが活動休止中で、コンビとしての仕事が止まっていることが紹介されていました。吉田大吾さんは、2023年に行ったライブへ阿部智則さんを誘ったものの返事がなかったことも明かしています。

連絡が途絶えたという一つの出来事だけで、不仲だったとは判断できません。阿部智則さんには阿部智則さんの事情があり、吉田大吾さんも2024年当時はその点を気にかけながら復活の可能性を残していました。

ただ、コンビとして一緒に舞台へ立たない期間が長くなるほど、2人の生活や仕事の方向が離れていった可能性はあります。今回の解散は、大きな衝突による突然の決裂というより、長い活動休止の先で吉田大吾さんの気持ちが変化した結果といえそうです。

2024年にはコンビ復活を諦めていなかった

吉田大吾さんは2024年2月のインタビューで、復活への道筋は見えにくくなっているとしながらも、POISON GIRL BANDをもう一度やりたい気持ちはあると語っていました。

阿部智則さんが活動を再開するための入り口を閉じたくないという姿勢も示しています。

2024年には復活を望んでいた吉田大吾さんが、2026年には解散を選んだことになります。この約2年間に、個人での舞台や作家活動を積み重ねる中で、吉田大吾さんの考えが少しずつ変わっていったのでしょう。

解散発表だけを見ると冷静に見えますが、以前は復活を待っていた事実まで知ると、簡単に出した結論ではなかったことが分かります。

再結成の可能性については発表されていない

2026年8月1日現在、将来的な再結成について具体的な発表はありません。

今回の報告は活動休止ではなく解散です。吉田大吾さんも、コンビ名を外した自分を見たいという意思を示しているため、すぐにPOISON GIRL BANDが復活する状況ではないでしょう。

ただし、吉田大吾さんは阿部智則さんの人柄を批判しておらず、2人の関係を完全に断つという説明もしていません。将来のことまで否定したわけではありませんが、現段階では、それぞれが別の道を歩き始めたと受け取るのが妥当です。

POISON GIRL BANDはどんなコンビだった?

POISON GIRL BANDは、阿部智則さんと吉田大吾さんによるお笑いコンビです。

阿部智則さんがボケ、吉田大吾さんがツッコミとネタ作りを担当し、淡々とした話し方と独特な言葉のやり取りによる漫才で知られていました。

2000年7月に結成

M-1グランプリ公式サイトでは、POISON GIRL BANDの結成年は2000年7月と記載されています。

阿部智則さんと吉田大吾さんは、いずれも1979年生まれです。吉田大吾さんは東京都出身、阿部智則さんは宮城県出身で、ともに東京NSC4期生として芸人の道へ進みました。

一度は別々の道を選んだ時期もありましたが、2000年にPOISON GIRL BANDとして活動を始め、東京のお笑い界で独自の立ち位置を築いていきました。

M-1グランプリで3度の決勝進出

POISON GIRL BANDの大きな実績は、M-1グランプリで3回も決勝へ進出したことです。

決勝へ進んだのは、2004年、2006年、2007年です。2004年は6位、2006年と2007年は9位でした。

優勝には届かなかったものの、異なる年に3度もファイナリストへ選ばれたことから、漫才師として高く評価されていたことが分かります。

大声や激しい動きで笑わせるタイプではなく、少し不思議な会話を淡々と続ける芸風でした。POISON GIRL BANDにしか出せない空気があり、現在も復活を望むファンがいる理由の一つです。

吉田大吾は活動休止中も漫才を続けていた

POISON GIRL BANDとしての活動が止まった後も、吉田大吾さんは漫才そのものをやめていません。

「POISON吉田が5人と漫才」では、吉田大吾さんが複数の芸人と一夜限りのコンビを組み、自ら作ったネタを披露しました。2012年に始まり、2016年にはなんばグランド花月でも開催され、これまでに50人以上の漫才師と舞台に立っています。

さらに、ライブハウスで音楽を流しながら複数の芸人が漫才を行う「バンド形式」の公演も企画しました。吉田大吾さんは、自分の生まれ育った荻窪にあるライブハウスで、POISON GIRL BANDという名前を新しい形の漫才へ発展させています。

相方が活動を休んでいる間も、別の芸人と漫才を作り続けてきた点は印象的です。POISON GIRL BANDを解散しても、吉田大吾さんが漫才から離れるわけではありません。

吉田大吾は誰・何者?プロフィールを紹介

吉田大吾さんは、元POISON GIRL BANDのツッコミ兼ネタ作り担当として知られるお笑い芸人です。

芸人として舞台や番組へ出演するだけでなく、放送作家としてテレビ番組やYouTube企画の構成、漫才台本の制作などにも携わっています。

吉田大吾の基本プロフィール

項目内容補足
名前吉田大吾公式活動名
読み方よしだ・だいご吉本興業公式表記
生年月日1979年4月4日2026年8月現在47歳
出身地東京都杉並区荻窪で生まれ育ったと本人が発信
身長182cm公式プロフィール
体重63kg公式プロフィール
血液型O型公式プロフィール
職業お笑い芸人・放送作家漫才のネタ作りも担当
所属吉本興業2026年8月1日現在
出身NSC東京校4期ロバート、森三中らと同期世代
趣味野球・サッカー・散歩・音楽中日ドラゴンズ、高校野球ファン
特技野球・水泳草野球チームにも所属
結婚既婚2013年に一般女性と結婚

吉田大吾さんの生年月日、身長、体重、血液型、出身地などは、吉本興業の個人プロフィールで確認できます。

吉田大吾は本名?

「吉田大吾」は、吉本興業やM-1グランプリ公式サイトで使用されている正式な活動名です。

ただし、公式プロフィールには「本名」や「芸名」という区別が記載されていません。そのため、吉田大吾が戸籍上の本名なのかどうかまでは、公開情報だけで断定できません。

長年にわたって吉田大吾名義で活動しており、解散後も吉本興業の個人ページは「吉田大吾」として掲載されています。少なくとも、解散を機に別の芸名へ変更したという発表は確認されていません。

出身高校や大学は公表されていない

吉田大吾さんはNSC東京校4期生であることを公表していますが、一般の小学校、中学校、高校、大学については、吉本興業の公式プロフィールに記載されていません。

ネット上には複数の学校名が出ることがありますが、同姓同名の人物の情報が混ざりやすいため、本人が明らかにしていない学校名を学歴として断定することはできません。

確認できる経歴は、東京都杉並区で育ち、東京NSC4期生としてお笑いの世界へ入ったことです。学歴よりも、NSC卒業後に阿部智則さんと試行錯誤しながら漫才を作り、M-1グランプリの決勝へ3度進んだ経験が、現在の仕事につながっています。

2013年に一般女性と結婚

吉田大吾さんは2013年7月22日、以前から交際していた一般女性と結婚しています。

所属事務所が同月25日に発表し、東京都内の区役所へ婚姻届を提出したことが報じられました。吉田大吾さんは当時、一家の主になったため、より一層面白いことに励みたいという趣旨のコメントを発表しています。

妻は一般人で、名前、顔写真、職業などの詳しいプロフィールは公表されていません。今回確認した公式情報や主要報道では、子供の有無についても明確な発表は見当たりませんでした。

吉田大吾の「野球」「星稜」「法政大学」は同一人物?

吉田大吾さんの名前を調べると、「野球」「星稜」「法政大学」といった言葉が出てきます。

芸人の吉田大吾さんも野球好きですが、星稜高校や法政大学と一緒に名前が出る吉田大吾さんは、同姓同名の別人です。

芸人の吉田大吾も野球が好き

芸人の吉田大吾さんは、中日ドラゴンズと高校野球のファンです。草野球チームに所属しており、野球と水泳を特技に挙げています。

そのため、「吉田大吾 野球」という組み合わせだけを見ると、芸人としての趣味を調べているのか、野球選手を調べているのか分かりにくくなっています。

星稜高校出身で法政大学野球部の吉田大吾は別人

星稜高校から法政大学野球部へ進んだ吉田大吾選手がいます。

法政大学野球部の公式情報では、2025年度の新入生として、石川県の星稜高校出身の吉田大吾選手が掲載されています。東京六大学野球連盟の選手情報にも、星稜高校出身の内野手として名前があります。

1979年生まれで東京都杉並区出身の芸人・吉田大吾さんとは、年齢も経歴も異なります。星稜高校や法政大学に関する情報は、POISON GIRL BANDの吉田大吾さんの学歴ではありません。

吉田大吾税理士事務所も別人

北海道には「吉田大吾税理士事務所」があります。

税理士情報検索サイトにも、北海道札幌市の税理士として吉田大吾氏の名前が登録されています。

こちらも、お笑い芸人の吉田大吾さんとは別人です。芸人の吉田大吾さんが税理士資格を持っている、税理士事務所を経営している、PwCに勤務しているといった公式情報はありません。

同じ名前の野球選手や税理士がいるため、プロフィールを確認するときは「POISON GIRL BAND」「芸人」「吉本興業」などを加えると見分けやすくなります。

吉田大吾は解散後どうなる?2026年現在の活動

POISON GIRL BANDは解散しましたが、吉田大吾さんが芸人を引退するわけではありません。

解散を報じた日刊スポーツは、吉田大吾さんが今後もピン芸人として活動すると伝えています。2026年8月1日現在、吉本興業の公式サイトにも吉田大吾さん個人のプロフィールが掲載されています。

ピン芸人として漫才やライブ活動を継続

吉田大吾さんは、以前から相方を固定しない漫才ライブを行ってきました。

「POISON吉田が5人と漫才」や、複数の芸人と音楽を組み合わせたライブは、阿部智則さんが出演しなくても成立する企画です。解散後も、吉田大吾さんが作ったネタを別の芸人と演じる形は続けられます。

POISON GIRL BANDというコンビは終わりましたが、吉田大吾さんが得意とする独特な会話形式の漫才までなくなるわけではありません。むしろ、コンビ名を外したことで、これまで以上に自由な組み合わせや企画が生まれる可能性があります。

放送作家・構成作家としても活動

吉田大吾さんは、芸人以外の仕事も行っています。

株式会社ピタの公式プロフィールでは、お笑い芸人・放送作家として紹介され、テレビ番組の構成、YouTubeチャンネルの企画構成、漫才台本の制作などを担当していることが記載されています。

過去にはTOKYO FM「SCHOOL OF LOCK!」で「よしだ教頭」を務めたほか、NHK Eテレ「シャキーン!」の番組構成にも関わってきました。

POISON GIRL BANDの解散によって仕事を一から探すというより、すでに築いている個人活動をさらに広げていく段階に入ったといえます。

YouTubeやnoteでも発信

吉田大吾さんは「POISON GIRL BAND吉田の生存確認チャンネル」としてYouTubeで動画や生配信を行ってきました。今回の解散も、このチャンネルで本人の言葉によって報告されています。

noteでは、自ら主催したライブの内容や出演芸人とのやり取り、漫才を作る過程などを詳しくつづっています。2025年にもバンド形式の漫才ライブを開催しており、ネタ選びから構成まで吉田大吾さん自身が担当していました。

テレビ出演だけでなく、ライブ、YouTube、文章、番組制作と活動の幅が広いため、解散後も吉田大吾さんの仕事が見られなくなる心配はなさそうです。

吉田大吾の解散理由と現在まとめ

  • 吉田大吾さんは2026年7月31日にPOISON GIRL BANDの解散を発表した
  • 解散は吉田大吾さん本人のYouTube生配信で報告された
  • 大きな理由は、阿部智則さんと再び漫才する姿を思い描けなくなったこと
  • コンビ名を外した自分を見てみたいという思いもあった
  • 2026年3月にはマネージャーへ解散の意向を伝えていた
  • 阿部智則さんは自身が脱退する形も提案していた
  • 吉田大吾さんは一人でコンビ名を残すのではなく、正式な解散を選んだ
  • 不仲や金銭トラブルが解散原因だったという発表はない
  • POISON GIRL BANDは2000年7月結成で、M-1グランプリ決勝へ3度進出した
  • 吉田大吾さんは1979年4月4日生まれの47歳で、東京都杉並区出身
  • 2013年に一般女性と結婚している
  • 星稜高校から法政大学へ進んだ野球選手や北海道の税理士は同姓同名の別人
  • 解散後も吉本興業に所属し、ピン芸人や放送作家として活動を続ける

POISON GIRL BANDの解散は、けんかによる決裂ではなく、長い活動休止を経た吉田大吾さんが、自分の現在の気持ちと向き合った末の決断でした。

2024年まで復活の可能性を残していた吉田大吾さんがコンビ名を手放すまでには、簡単に言葉にできない迷いもあったはずです。それでも、漫才や作家活動をやめるわけではありません。

POISON GIRL BANDとして積み重ねた経験を持ちながら、「吉田大吾」という一人の芸人がこれからどのような舞台を作るのかが注目されます。

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